ナッシュの災難
目覚めた時、視界に入ったのは、見慣れぬ天井と、すりきれたシーツ。
体を起こして、ようやく俺の頭ははっきりしてきた。
「ああ、そうか……」
ここは、クリスタルバレーを遠く離れた港町。
俺の──いや、俺たちの、新しい住まいだ。
正直、新生活に不安がないわけではない。実際誰かと暮らすなんてことは──そう、特定の誰かとの二人暮らしは、俺にとっては初めての経験だった。
(まあ、なんとかなるさ……)
基本的に、俺は楽観的なのだろう。
「ザジ?」
俺は、新しい同居人の名をを呼んだ。
隣にザジはいない。
ヤツのことだ、とっくに起きて身支度を整えているんだろう。
「ザ……」
その時俺は、信じられないものを目の当たりにしていた。
どうして、ザジが、床で丸くなって寝ているのだろう?
(俺が蹴り出した……わけはないよな)
確かに新しいベッドを買う金を惜しんで、この家に残されていたベッドを改造したさ。
確かにベッドは狭かったさ。
しかしあいにく、俺もザジも、昨夜は掃除に疲れ果て、そのままバタンキューだったのだ。
「お、おい、ザジ……?」
ベッドの上から手を伸ばして、そっと揺すってみた。
「…………」
一瞬身をすくませ、それからむっくりとザジは起きあがった。
「どう…したんだ?」
それには答えず、ヤツはすたすたと台所に向かう。
…途中で派手に何かがぶつかる音がしたのは、俺の気のせいか?
(朝飯の支度…?)
キッチンからいい匂いがただよってくる。
新婚さん気分で、俺はキッチンに向かった。
「おはよう」
案の定、キッチンにはすでに朝食ができあがっている。
カリカリのベーコン、サラダ、オムレツが並んでいる。
コイツに料理が作れるなんて、初めて知ったな。
「おはようございます」
答えると、ザジはそのまま朝食を食べ始めた。
──あれ?
あのう、俺の分は?
呆然としている俺を尻目に、ザジ独りさっさと食事を終え、キッチンを片づけ始めた。
「どうぞ、空きましたよ」
「…1人分だけ、作ったのか?」
「朝から何人前も食べるような胃袋はありません」
会話になっとらん。
「そうじゃなくて、俺の……」
「私は君の使用人ではありませんよ」
ずっぱり、言い返された。
「お互いの生活には干渉しないという約束だったはずです」
や、確かにそうですよ。そう言いましたともさ。だけど、ことのついでに1人分よけいに作ってくれたっていいじゃないの!
俺のココロの叫びを完全に無視して、ザジは外に出ようとする。
「仕事を探しに行きます。帰りは遅くなるでしょうが、鍵は持っていますので、君が先に帰ったら居間の明かりだけつけておいてください」
「あ、ああ…」
なんだか予想外の…いや、予期せぬ展開になってきているような気がするんだが…
続く
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