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ナッシュの災難-2-

そもそも、あの忌々しい決闘の後、どういうわけか俺の胸元から水の札が滑り落ちたこと。それが、間違いのもとだったんだ。
虎の子の水の札を、うっかりザジに使ってしまったのも、理由が判らない。
今にして思えば、俺は単に『人殺し』になりたくなかった──それだけのような気がする。
そして、意識を取り戻したザジもまた、かなりトンチンカンだったのだ。
まあ、有り体に言えば『燃え尽き現象』。
あの決闘で体力も精神力も使い切ったザジは、大プロジェクトの直後にリストラを食らっちゃったサラリーマンのごとく、すべてにおいてやる気を手放してしまったというわけだ。
ことのついでに、俺に対する殺意も。
妙なもので、こうなると俺もラッキーはいさようならとスキップしながらザジの元を去るということができなくなった。
そして、揉めたり、口論したりした末に──
………ごめん、ナニが、いや、何があったかは、訊かないでくれるかしら………

えー、まあともかくだ。
そういうわけで、俺とザジはクリスタルバレーをとんずらして、ここにいる。冷静に考えれば、まんま駆け落ちじゃないか。

「家庭教師の口がありました」
その夜、帰宅したザジは、相変わらずの無表情でそう言った。
「かていきょうしぃ〜?」
ロコツに嫌な声を出してしまったのも無理はない話だろう?
なんたって野郎は家庭教師として俺の家にやってきて、かき回し放題にかき回してくれたんだからな。
「安心してください。今度は十二歳の男の子ですから」
ぬけぬけと見抜きやがったよ。
「そういう君は?何か仕事がありましたか?」
「ええと…まあ…明日があるさ」
「…………」
何よ、そんなに軽蔑したような顔しなくたっていいじゃないの!
どんな所にもうまいこと潜り込めたはずの俺は、スランプに陥ったのだろうか。
今日一日、職を求めてそりゃあ色々なところを歩いたのだが、どこももう少しのところまで行くのだが、最終的にはポシャってしまうのだ。
(なんだか、とことんツキに見放されてるみたいだ…)
ちらり、とザジを見る。
ヤツの背中に黒くてとんがったシッポが見えるような気がした。
「自分の要領の悪さを私のせいにしないでください」
…どうして考えてることが判っちゃうんだろう…
「そんなこと言ってないだろ!」
「顔に書いてありますよ」
「ああそうかよ!お見通しってわけか!この、ドレミの精!」
やばい、と思ったが遅かった。
「ドレミ…?」
ザジの、形のいい眉がきりきりとつり上がる。
「あーあ、そうだよ。無表情で人を混乱させるあたり、そっくりじゃないか」
俺、何を言ってるんだろう。
さすがに怒りを露わにしたザジが、つい、と距離を取った。
「らー♪」
………………………はい?
「らー、らー、らー♪」
訂正します。撤回します。カンベンしてください。
ドレミの精どころじゃない。この、ド音痴、いや、超音波。

その夜一晩、俺が懇願しようが恫喝しようが、ザジは歌うのをやめなかった………
続く
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