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ナッシュの災難-3-

「うう……頭が痛い……」
やっとのことで、俺は起き上がった。
自分の体に反抗されている気分だ。
昨夜のことは、ほんとうに悪夢のようだった。
想像してみてくれよ。三白眼の無表情な男が、ベッドサイドで一晩中超音波を発しているさまを。
あれはドレミの精どころじゃないな。ドドドの精じゃ勢いがありすぎるし、レレレの精じゃ箒持って掃除しはじめちゃいそうだから……さしづめ、ミミミの精だろうか。
うん、いいな。ミミミって響きが超音波っぽいじゃないかあっはっは!
──いや、忘れてくれ。ちょっと弱ってるんだ。
「ちぇ……」
ザジはまた自分の分『だけ』食事の用意をして、出かけたらしい。
「ほんっと、性格悪いヤツだよなあ」
もともと欠片も「良い」とは思ってなかったけどさ。
「ん……?」
ベッドサイドにぽてっと落ちているものがある。
見慣れたネイビーブルーの、ザジのパ…………
「ザジィイイイイイイっ!!」
い、いや、落ち着け。これは洗濯済みのものだ。
昨夜干した洗濯物をだな、うん………
……………まだ干してあるよ、二枚。
俺もあいつも着のみ着のままで逃げてきたから、当然替えの下着なんて持ってなかった。
だから二人でジャスコクリスタルバレー店に行って、よりどり五枚で千ポッチのを買って、かろうじて替えを持っていた俺が二枚、怪我でぜんぶダメにしたあいつが三枚取った。うん。所帯臭ぇというツッコミ禁止な。
落ち着け俺。カンタンな算数だ。5ひく2ひく3は1だよな、1。
…………んなわけ、あるかい。
「ザジィイイイイイイっ!ノーパンの家庭教師ってお前、何を教える気なんだぁああああっ!!」


すきっ腹と、精神的ダメージを負った俺は、例によって仕事にはありつけなかった。
港の荷揚げを手伝って、小遣い銭と昼メシをあてがってもらい、よれよれになって帰宅する羽目になった。
「何をしているんです?」
ドアの前でへたり込みそうになっている俺に、冷たい声をかけたのは、当然ながらミミミのザジだ。
小脇にバゲットを抱え、食料品と思しき袋を手にしている。
なんかこいつが持ってると、バゲットの中から刃物が飛び出してきそうだ。
「…………」
俺は無言でドアを開け、そのまま放り出してあった一枚200ポッチ也のブツを指差した。
「…………」
ザジは最初に眉をひそめ、それから俺がやったのと同じように物干しを眺め、高等数学に取り組み、それからくるりと後ろを向くと、なにやらごそごそと確認をした。
「……家庭教師だって、言ったよな」
「単なる過失です」
こちらを向き直ったザジは、恥じる様子もなくほざいた。ワイシャツはみ出てんぞ、お前。
「忘れるか?ふつう」
「ですから、過失です」
バケットと袋を持って、とっとと台所にひっこむ。えーい人の目を見て話せないのは犯罪者だぞ!あ、犯罪者か。
「本当に、妙な仕事じゃないだろうな?」
「くどいですよ」
台所から顔を出したザジは、でかいサンドイッチを乗せたトレイを持っている。いつの間にかスープまで。くそぅ、いい手際だな…
「あ…れ?」
トレイには、サンドイッチの皿が二つ。
「夕食、まだでしょう?」
「作ってくれたのか…?」
「本来であれば、収入のない君が家事労働で対価を支払うべきものですがね」
「あ、う、うん、シチューでよければ…」
ザジはわざとらしいため息をひとつ、ついてみせた。
「君のつくる食事は塩分過剰です。正しい食事とはどのようなものか、という見本を示しますので、その後は君がやってください」
あ、そう…これはお手本ですか。しかし、ほんとに旨そうなので、俺はサンドイッチとスープに飛びついた。
「旨い!」
確かにもうちょっと濃いほうが俺好みなんだが、空腹は最上のソースっていうからな。俺は目の前にいるザジの呆れ顔も目に入らないまま、サンドイッチとスープを平らげた。
少し不思議なスパイスの香りがするのは、サナディア風なんだろうか。
同居生活までビジネスライクなヤツなのかと思ったが、これがザジなりの譲歩なのかもしれないな。
「ごちそうさま!旨かった!!」
もちろんそれが、自分のパンツ過失から俺の意識を逸らせようとするザジの目論見だなんてことは、この時まったく頭に浮かばなかった。
そして、その目論見に、俺がすっかりはまっていることも、気づくはずもなかった。
続く
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