ナッシュの災難-4-
「どうだ!!」
朝の一番勝負。
やつはすました顔で、俺の渾身の作である朝食を口にする。
緊迫の一瞬だ。
「…ベーコンの余分な油はきちんと取り除いてください。スープの塩分はまあまあ。でもまだ多すぎます。それに、タマネギを炒める時間をはしょりましたね」
「う……」
「大負けに負けて70点」
ちっくしょぉおおおおお!
仕事にありつけない俺が家事をする、と決めてから二ヶ月。
毎日毎日、この調子で、いつまで経っても合格点がもらえない。あーやだやだ、ガキの頃を思い出すぜ。
まったく、ここに来てどういう不運なのか、俺はいまだに無職のままだった。
この町は、貴族顔の人間に、何か恨みでもあるのだろうか。どうも、俺は嫌われているような気がする。
でなけりゃ、こうも仕事にありつけないわけがないのだ。
「仕事に行ってきます。いい子で家事をしてくださいね、ハニー」
余裕しゃくしゃくで、ザジは出かけていく。
何がハニーだコラ!俺はお前の嫁か!扶養家族か!帰宅したらお帰りなさいお風呂にするごはんにするそれとも私とか言えってのかこの野郎!
…いかん、脱線した。
気を取り直して、俺は買い物に行くことにした。ヤツの、家事に対する視線は姑そのものだ。
食材の鮮度・調理方法、包丁使いのひとつひとつに文句をたれやがる。
見てろよ、いつか逆転サヨナラ満塁ホームランをかまして、ザジに
「私はまた負けたのですね…」
と言わせてみせるぜ!
市場はたくさんの町民でごったがえしていた。
これぞと思う食材を、値切るだけ値切って、俺はほくほくと戦利品を抱えて家路につき…
「ん?」
妙な足取りで、そこの角を曲がった黒い影。
(ザジ…?)
覗いてみると、ヤツは町のおばちゃんたちがたむろしている路地に入り込んでいく。
(こんなところに、何の用だろう?)
「おや、ザジじゃないか?どうしたんだい?」
おばちゃんたちが、気さくに話しかける。ヤツがおばちゃん連中と親交を深める趣味があるとは、考えもしなかった。
「また、義理の兄さんが何かやらかしたのかい?」
な、
な、
なんだってぇええええ!?
ヤツが義理の兄と呼ぶとしたら、それは俺のことだよな!?俺しかいないよな!?
実際俺は義理の兄貴未遂とでもいうような立場なのだ。
その俺が、いったい何をしただって?
「いえ…大したことではないんです」
ザジは、いかにも耐え忍ぶ、といったような顔で、ぬけぬけとほざいている。
「また、どこかの家に盗みに入ったのかい?それとも、娘に手を出そうとしたとか?」
………はい?
「普段は、ほんとうに大人しい義兄なんですよ…ただ、時々、悪魔が憑いたかのようになるだけで…」
………はいぃ!?
「あんたも、そんな兄さんがいて、大変だねえ」
おばちゃんたちは、しみじみとザジをいたわる。
「私がいれば、少しは外に迷惑をかけませんから……」
おばちゃんたちに、口々に慰めてもらって、ザジは路地から出てきた。
おばちゃんたちから見えなくなったあたりで、再び妙な足取りに戻る。
やっと判った。あれは、スキップだ。
想像してみてくれ。能面顔の、黒いスーツの男が、鼻歌まじりに無表情でスキップしている姿を。
実際、えらい珍しいものを見ていると思うよ、俺も。
そして、その足取りから、俺はすべてを理解した。
読めた。
読めたぞ。ここの住人たちの視線の意味を!
俺が何ヶ月も仕事にありつけなかった、その理由を!
「ザぁあああああジぃいいいいいい」
俺は物陰から飛び出し、ヤツの胸倉をつかんだ。
「おや」
しかし、ヤツは冷静そのものだった。
「見つかりましたか。もう少しいけると思ったのですが」
「ぬけぬけと、てめえ!」
ぶん殴るか、ひっぱたくかしなければ気がおさまらん!
「いいんですか?こんなところで暴力をふるえば、噂を確定にするようなものですよ」
「うっ……」
俺は、上げた拳を必死に抑えた。落ち着け、落ち着くんだ、ナッシュ・ラトキエ。
「なんだって、こんな真似をしやがった!」
「だって、君には家にいて私を待っていて欲しかったものですから」
「…………」
ぬけぬけを通り越して、すぽーーんと突き抜けてるぜ、そりゃ。
「だ…だったら、最初からそう言えば……」
「素直に言うことをきく君とは思えませんからね」
「つまり俺は、最初からお前の計略にはめられてたってわけかい……」
やつは、にっこりと笑って言いやがった。
「計略なんて人聞きの悪い。愛情表現なのに」
本気だ。
こいつはマジでそう思っている。
ああ、そういうやつだと知っていたはずなのに。
「…俺の負けだよ…」
ザジは、勝負で負けて、勝ちを取ったのだ。
「さあ!今日はどうだ!」
「…ニンジンの切り方が悪い。72点」
END
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